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2018.01.06    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   潜水母艦 駒橋慰霊碑

尾鷲の対潜掃討部隊の熊野灘部隊旗艦 駒橋は1945年(昭和20年)7月28日に米軍グラマン戦闘機6機(F6F-5らしい)による攻撃により沈んだ軍艦です。
この攻撃では、ナウハーホー大尉とバトル少尉は「第14号駆潜艇」や「駒橋」に対してHVAR空対地ロケット弾を撃ち込み、その後、500ポンド爆弾で両舷側に1発ずつ命中し、岸から7~8mのところで座礁したと記録されている。
また、午後1時30分には、第45号海防艦は座礁していたが、戦闘機より攻撃を受けている。
この尾鷲攻撃による米軍機の対空戦闘時間は3時間45分と記録されていました。
20180103-04-46 mm

駒橋の慰霊碑ですね。
海防艦 駒橋とありますが、実際には艦種変更されていないため、潜水母艦 駒橋となります。
ちなみに、たった2隻しかいない、終戦まで艦種変更されなかった艦ですね。(駒橋以外には野戸呂しかいません。)
20180103-03-46 mm

記録には、攻撃の翌日から1隻だけ残ったカッターで遺体の収容を行ったが、耳から蛆が湧き出し、異臭を放つ変わり果てた戦友の戦死遺体が湾のあちこちで収容したとあります。
この様な遺体なので、この慰霊碑の場所で荼毘に付したそうです。
20180103-05-24 mm
この場所

尾鷲市内の白石墓地にある熊野難部隊の慰霊碑。
駒橋・第14号駆潜艇・第45号海防艦ら熊野難部隊所属戦没者の慰霊碑ですね。
20180103-06-40 mm
この場所

駒橋の着底した場所です。
今は、堤防となっているのですが、バイクを止めていたあたりが着底場所となります。
20180103-07-.jpg
この場所

第十四号駆潜艇の着底場所。
堤防のすぐ先あたりになりますね。
20180103-08-24 mm
この場所

良く見えないのですが・・・
第45号海防艦の着底場所です。
写真では、中央の対岸ですね。
20180103-09-64 mm
この場所


国土地理院のUSA-R532 NO2-5 1947/11/12にまだ、移動されづにいる、駒橋らの艦影が見ることができます。
矢印がそれぞれの艦です。
20180105_OWASE.jpg
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かなり遠くまで行ったんですね!
よく着床位置までわかるなあ!
1泊では、ちょっときつい距離でしたね。
着底位置は、国土地理院の地図と現代の地図を重ねて割り出したものです。
多分、数メートルのずれはあるとおもいますね。






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