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2017.03.22    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   馬門山墓地(横須賀海軍墓地)

馬門山墓地です。
明治15年海軍省が戦死または殉職した軍人の埋葬地としてさだめた、昭和24年から横須賀市が管理している。
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多分古い馬門山墓地の柱でしょうかね。
今の門の左にありました。
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地味にきく坂の上ります。
しかも狭い・・・
すれ違う方々が私よりも年配の方が多かったので、通路を降りて登る事になってしまいました・・・
途中に見晴らしのいい場所もあります。(見えるのは町ですが。。。)
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下段の兵の墓が並びます。
ここの兵は、明治時代に埋葬された兵の墓だそうです。
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下段の奥にある「猿九重野女史畄魂碑」(通称海軍婆さん)で、特志看護婦として活躍された方の留魂碑ですね。
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明治33年の北清事変での軍艦愛宕の陸戦隊戦死者5名を合祀する慰霊碑。
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大正6年横須賀軍港内で沈没した軍艦筑波の殉難者152柱を供養する慰霊碑。
この慰霊碑が建立される前に建立された慰霊碑がまだあると聞いているが、何度か探しにいったのですが、見つけられていないんですよね。
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明治45年、横須賀海軍工廠で建造された、日本初の弩級戦艦ですね。
大正7年に山口県徳山沖で火薬庫の爆発によりに沈没し、死者621人を出している。
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昭和10年9月26日に三陸沖で大型台風に遭遇し、第四艦隊の半数の艦が被害を受け、多数の死傷者を出した海難事件の碑。
海軍にとっては、重大な事件で、その後の軍艦・船舶の設計に大きく影響を与えている。
また、刻印が無くなっているところがあり、多分GHQの指示で削除されたのであろう。
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上海事変で、戦死した59柱の英霊を慰霊している碑。
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支那事変から大東亜戦争終結までの横須賀鎮守府管下の英霊372柱がまつられている。
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慰霊碑のある上段は広くなっていますね。
もう少し暖かくなると、花の色どりが出ていい感じかもしれませんね。
20170319-27-24 mm

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