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2017.05.31   カテゴリ:《 艦コレ 》
  重巡 足柄の艦内神社
2017.05.30   カテゴリ:《 由来 》
  童謡汽車ポッポの生まれた場所
2017.05.29   カテゴリ:《 艦コレ 》
  航空母艦 飛龍の艦内神社
2017.05.28   カテゴリ:《 B級スポット 》
  血流川
2017.05.27   カテゴリ:《 艦コレ 》
  駆逐艦 山雲の面影
2017.05.26   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
  甲飛予科練之像
2017.05.25   カテゴリ:《 艦コレ 》
  木村提督の生誕の地
2017.05.24   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
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2017.05.23   カテゴリ:《 気になる 》
  気になった
2017.05.22   カテゴリ:《 気になる 》
  後世に残る禁酒
2017.05.21   カテゴリ:《 艦コレ 》
  重雷装巡洋艦 大井の艦内神社(大井神社)
2017.05.20   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
  模擬原爆跡
2017.05.19   カテゴリ:《 艦コレ 》
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2017.05.18   カテゴリ:《 艦コレ 》
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2017.05.17   カテゴリ:《 観光地 》
  静岡県最南端
2017.05.16   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
  猫塚
2017.05.15   カテゴリ:《 艦コレ 》
  瑞穂の沈没場所
2017.05.14   カテゴリ:《 艦コレ 》
  駆逐艦神風座礁場所
2017.05.13   カテゴリ:《 B級スポット 》
  晴明塚
2017.05.12   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
  明野陸軍飛行学校・天竜分教場跡
2017.05.11   カテゴリ:《 寺社・教会 》
  庚申堂の四猿
2017.05.10   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
  想い出の地碑
2017.05.09   カテゴリ:《 寺社・教会 》
  伊良湖神社
2017.05.08   カテゴリ:《 艦コレ 》
   伊良湖防備衛所跡
2017.05.07   カテゴリ:《 艦コレ 》
  機動艦隊戦没者慰霊碑
2017.05.06   カテゴリ:《 B級スポット 》
   逆さまの家
2017.05.05   カテゴリ:《 史跡・遺構 》
  送迎之地
2017.05.04   カテゴリ:《 艦コレ 》
  鈴谷観音
2017.05.03   カテゴリ:《 ツーリング 》
  静岡ツーリング

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2017.05.31    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   重巡 足柄の艦内神社

神奈川県にある足柄神社。
重巡洋艦の足柄の艦内神社ですね。

足柄の分霊元である足柄神社であることには間違いがなく、本宮には寄贈品もあると聞いています。
ただ、この神社はこの場所に来たのは昭和14年です。
その前は、矢倉岳にあった矢倉明神ですね。
足柄が分霊元として来たのは矢倉明神の時代となるはずです。
矢倉明神ですが、その前は足柄峠に祀られていた足柄明神となります。
この辺の由来で分霊元として選ばれたのでしょうかね。
20170502-104-26 mm

足柄神社祭神の碑ですかね・・・
20170502-102-24 mm

四行目に重巡洋艦の足柄の事が書かれています。
20170502-111-58 mm

神社の端が道なんですよね。
境内を車がたまに通ります・・・・
20170502-106-52 mm

この場所
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2017.05.30    カテゴリ: スポット由来 

   童謡汽車ポッポの生まれた場所

御殿場駅です・・・・・
童謡「汽車ぽっぽ」は昭和12年に「兵隊さんの汽車」として、出征する兵士を見送るという内容の歌だった。
元の歌詞
 汽車汽車 ポッポポッポ シュッポシュッポ シュッポッポウ
 兵隊さんを乗せて シュッポシュッポ シュッポッポウ
 僕等も手に手に日の丸の 旗を振り振り送りませう
 萬歳 萬歳 萬歳  兵隊さん兵隊さん 萬々歳

作詞の富原薫は当時、御殿場で教師していた時、御殿場駅で見た光景を歌にした。
現在の歌詞は、昭和20年の大晦日にNHKラジオの「紅白音楽試合」で歌うために改作された物。
20170502-101-.jpg

この場所

2017.05.29    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   航空母艦 飛龍の艦内神社

航空母艦飛龍の艦内神社である熊野神社です。
この熊野神社の祭神は治水神・水神・瀧神でもある瀬織津姫のようですね。
また、伊勢神宮内宮別宮荒祭宮の祭神の別名でもあるそうです。
ただ、祭神となっているのは珍しい神様ですね。

参道に碑があったのですが、明治時代の議員清崟太郎氏の顕彰碑のようですね。
この人富士国立公園の制定に奔走した人のようです。
20170502-99-46 mm

ビックリするほど、非常にみすぼらしいです・・・
20170502-98-30 mm

中には祭壇は見えないし、掛物もありませんね。
本社は扉の向こうなので、そちらには何かあるかもしれませんが。
20170502-100-24 mm

この場所

2017.05.28    カテゴリ: スポットB級スポット 

   血流川

血流川です。
「ちながれかわ」と読むのではなく、「ちぼがわ」と読むようです。
看板をみると一瞬どっきりしますよね。

いわれは、平氏・武田信玄と2通りありますが、どちらも、討たれた人たちの血が流れ込んだという話のようですね。
20170502-94-.jpg

川自体は富士川にそそぐ支流になっているようですね。
当然、血で赤いなんてことはありません。
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この場所

2017.05.27    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   駆逐艦 山雲の面影

べつになんともない静岡港の風景ですね。
静岡には、昭和15年1月15日に発生した静岡大火という火災がありました。
災害規模は、85の町で5,275戸が火災による消失。
27,518名が災害にあわれた。
死者は1名と軽微だったのが、なによりですが。

この災害で、援助物資を持ってきたのか、海軍施設の状況を見に来たのか判断ができないのですが、
駆逐艦 山雲が清水港に来ていました。
20170502-92-24 mm

火災の翌日(昭和15年1月16日)は、朝10時の点呼では、長浦港に山雲はいたようですね。
20170502-92_03-24 mm

昭和15年1月17日は長浦港での点呼には、山雲の姿はない。
「清水」の下に山雲の名前があります。
清水港は軍港ではないので、軍艦が常時いる港ではありませんので、任務があったと考えられます。
20170502-92_02-24 mm

昭和15年1月18日は「航海中」の欄に山雲(清水港発ー横須賀へ)の字が見えます。
これにより、山雲は何かの使命を帯びて清水に向かって、帰ってきている事が見受けられます。
ただ、海軍広報の詳細にも、何も書かれておらず、後日の報告書もない。
災害出動なら、後日報告書の存在があるのですが、多分、海軍施設の災害調査で清水に行ったとみるのが正確なのではないかと思います。
当然、ある程度の支援物資は持って行ったとおもいますが・・・・
20170502-92_01-24 mm

当時、この場所は清水航空隊の敷地と思われますので、この近くに停泊し、14m特型運貨艇(陸軍では大発ですね。)か装載艇で上陸・運搬を行ったと考えています。
実際は奥の港に停泊したのかもしれませんが・・・・
20170502-93-24 mm

資料は全て「アジア資料センター」所蔵の資料を抜粋いたしました。

この場所

2017.05.26    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   甲飛予科練之像

清水海軍航空隊で多数の志願者を募った予科練甲飛の生徒を教育するために新設された予科練教育航空隊だ。
しかし、昭和19年9月から昭和20年6月までの短い期間しか存在していない。
ここを卒業後は下田・江浦(江の島)の突撃隊に行き、下田では海龍・震洋の訓練を行い。
江浦では回天・海龍・震洋の訓練を行っている。
清水海軍航空隊では、飛行機実機の訓練は行わず、その後の飛行訓練隊で飛行訓練を行う課程となっていたが、
終戦近くのこの時期は、訓練する飛行機もなかったのかもしれない。
20170502-91-24 mm

甲飛予科練之像の碑文。
20170502-89-.jpg

案内版ですね。
日夜厳しい訓練だと思いますが、静岡県内の海軍訓練施設は一番練度が低いという記載もよく見ますが、
どうかわかりません・・・・
20170502-88-.jpg

清水海軍航空隊の滑走路があった方角ですね。
今でも小さい飛行場があるようですね。
20170502-90-64 mm

この場所

2017.05.25    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   木村提督の生誕の地

キスカ撤退等の作戦を指揮した木村中将の生家近くに来ました。
「キスカ 撤退の指揮官」では、「静岡駅すぐ近く、小梳神社すぐ西の家」とあります。
西と言っても広い・・・・
20170502-84-26 mm

西側は参道がありますね。
20170502-86-24 mm

小梳神社ですね。
町中にある神社なので、綺麗に整備されています。
一画が喫煙所になっているので、通勤途中のサラリーマンがたばこを吸いに立ち寄ってきていますね。
20170502-85-24 mm

西側にある通りです。
多分この並びに木村提督の過ごした家があったのでしょうね。
今ではすっかり繁華街ですね。
20170502-87-24 mm

この場所

2017.05.24    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   藤枝海軍航空基地

海軍藤枝航空基地の遺構と思われる場所です。
用途などは不明なのですが・・・
私の影が映りこんでいますね…・
20170502-82-24 mm

交差点脇にポツンと残っていますね。
広告があるという事は、誰かの私有物になっているのでしょうね。
20170502-83-24 mm

この場所

2017.05.23    カテゴリ: スポット気になる 

   気になった

軽巡洋艦 天龍の命名元となった天竜川ですね。
20170501-67-64 mm
やっぱり広い川幅なんですね。
20170501-66-64 mm

こちらは軽巡洋艦 大井の命名元の大井川と大井川橋ですね。
20170501-68-.jpg

なんかの土木の記念碑なんでしょうかね。
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東海限定の缶コーヒーですね。
美味しいことは美味しいのですが、砂糖の入っているコーヒーは胃がもたれますね。
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2017.05.22    カテゴリ: スポット気になる 

   後世に残る禁酒

秋津洲の大砲を見たときにあった石碑です。

碑文には大きく「禁酒」とあり、以下碑文です。
郷里の諸君に告ぐ
1.禁酒は祖国日本の進歩発達を堅?ならしむ
1.禁酒は郷風を敦厚にし正義の念を深からしむ
1.禁酒は個人を健康多福ならしめ家庭を和楽円満に導き子孫に勤勉の美風を傅ふ
以上は私が酒害より救われたる経験を郷里の諸君に傅へんとして神の御前に於いて謹んで記述す
        昭和14年10月82歳を迎えて キリスト信徒 ○○○○(伏せてます)」

酒を飲まない私にはしごくもっとも内容なのですげどね。
20170501-80-40 mm

この場所

2017.05.21    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   重雷装巡洋艦 大井の艦内神社(大井神社)

重雷装巡洋艦 大井の艦内神社と言われる大井神社です。
JR島田駅から5分位でつきましたね。
祭神は3人の女性の神様だが、後世に祭神とされたようで、元々は大井神と言われた大井川を神格化したのが始まりみたいですね。
20170501-74-40 mm

本宮ですね。
意外とこじんまりしてますね。
20170501-75-24 mm

大井神社にある静霊神社。
島田市出身の英霊1950余柱が祭神となっています。
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中は色々な写真などが飾られていますが、巡洋艦大井の奉納絵はないですね。
巡洋艦大井の奉納絵は社務所の中にあります・・・・(今回は事前に連絡してないので、見れませんが・・・)
20170501-79-24 mm

静霊神社の脇にある碑ですね。
20170501-76-24 mm

この場所

2017.05.20    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   模擬原爆跡

昭和20年7月26日に模擬原爆が投下されたの場所です。
この爆弾で死者47名亡くなり、直径10mの穴があいたそうです。
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死亡47名の名が刻まれています。
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説明板ですね。
20170501-71-32 mm

公園の片隅に、この慰霊碑は建っています。
20170501-73-24 mm

この場所

2017.05.19    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   大井海軍航空隊跡地正門

大井海軍航空隊正門跡です。
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牧之原コミュニティーセンターにある航空隊看板・精神注入棒・試作機の航空機車輪ですね。
タイヤは今のブリジストン製ですね。
当時は日本タイヤ株式会社と言う名前だったようです。
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白菊のエンジンです。
白菊は飛行機の名前ですから、エンジンは日立天風ですね。
この白菊も、特攻機で使用された機体なんですね。
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この場所

2017.05.18    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   秋津州の大砲

趣のある場所ですが、道が狭い・・・・
バイクを端に寄せて階段を上がります。
途中に面白い物をみつけたのですが、後日UPしてみようかと。。。
20170501-57-42 mm

階段を上がると慰霊碑があります。
この慰霊碑は、秋津洲の大砲で作っているようです。
一応鎮霊神社というばしょですが、屋代らしい場所はないですね。。。
この表忠塔は防護巡洋艦「秋津州」のアームストロング社製 1894年型12cm40口径単装速射砲の砲身を使った物のようですね。
20170501-59-34 mm

案内板ですね。
秋津洲は明治25年7月7日進水。
日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦に参加している。
その後、大正10年4月30日に潜水艦母艦に艦種変更し、昭和2年に除籍・解体されている。
20170501-58-36 mm

大砲経歴でしょうかね。
20170501-60-42 mm

ちょっと広い広場があり、なかなかいい場所ですね。
20170501-61-24 mm

この場所

2017.05.17    カテゴリ: スポット観光地 

   静岡県最南端

今まで気にしてなかったけど、静岡県の最南端って御前崎だったんですね。
20170501-55-32 mm

しかし・・・人が少ない・・・・
20170501-56-24 mm

この場所

2017.05.16    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   猫塚

御前崎の街角にある猫塚。。。
猫の奥返しにちなんで建立された。
20170501-54-24 mm

意外と・・・・なんです・・・・
20170501-52-26 mm

物語を伝える案内板。
20170501-53-56 mm

この場所

2017.05.15    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   瑞穂の沈没場所

水上母艦瑞穂の沈没場所のほぼ真北です。
瑞穂の沈没地点は北緯34度26分・東経138度14分で、陸地からは40浬(7.2km)の距離ですね。
沈没地点から北緯をずらしてあげてゆくとほぼこの地点でした。
20170501-49-24 mm

本当の真北は写真越しに見える灯台あたりですね。
その北の陸地には浜岡原発があり、近辺は立ち入り禁止です・・・・
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もう少し近くに行ける道を後で気づいた・・・・
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この場所

2017.05.14    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   駆逐艦神風座礁場所

旧日本海軍の駆逐艦神風の座礁したと思われる場所ですね。
ただ、海防艦の国後の座礁場所はかなり正確に分かったのですが、神風の座礁場所は結構色々あって特定できている状態ではないのです・・・・
神風座礁場所では、2年程調べてはいるのですが・・・・
今回の場所は資料上でも示されている場所ですが、証言がもっとも多かった場所ですね。
20170501-47-52 mm

過去の資料は主に、復員省(旧海軍省)の資料と海難の記録ですが・・・
同じ事故で資料が違うと座標が違う・・・・
結構当時の資料がいいかげんなのかもしれない・・・
20170501-45-24 mm

今回は、ここが神風の座礁地点と思ってきてみました。
20170501-46-64 mm

バイクは近くの駐車場ですね。
バイクで登ろうとしたけど、砂に埋まってダメでした。
帰りにジープで登ってきた人がいたけど、登っている途中で埋まってましたね。。。
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この場所

2017.05.13    カテゴリ: スポットB級スポット 

   晴明塚

遠州七不思議の一つである晴明塚です。
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安倍晴明が津波防止の祈祷で小石を積み上げたのが始まりのようです。
その後、ここの石を1個持ち帰り、願いが叶ったら2個にして返すという習わしのようですね。
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案内版ですね。
趣があっていいのですが、明るい昼間でもひと気のない場所なんで、少し不気味。。。。
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この場所

2017.05.12    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   明野陸軍飛行学校・天竜分教場跡

大正13年に明野原に作られた、陸軍戦闘パイロットの養成と戦闘機の研究を行う、明野陸軍飛行学校作られた。
その分教場として天竜分教場が、昭和17年に開校され、設備は1,600メートルの滑走路2本と格納庫4棟、射撃場、兵舎などが作られていた。
分教場では、実用機訓練課程の教育が行われたが、昭和20年終戦により分教場は廃止された。
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格納庫跡地には、F-86が置かれていますね。
地元のおじいさんが話かけてくれて、小さい頃、この格納庫に父親につれられてよく来たと話してくれました。
20170501-41-24 mm

この壁は格納庫の側面の柱で三角に近い台形の格納庫だったそうです。
F-86が置いてあるように、飛行機が置いてあったそうです。
当時の陸軍式の格納庫だったようです。
20170501-40-24 mm

F-86F-30ぽいですね。
20170501-39-24 mm

F-86の説明ですね。
20170501-38-24 mm

この場所

2017.05.11    カテゴリ: スポット寺社・教会 

   庚申堂の四猿

東海道32番目の宿である白須賀宿の庚申堂ですね。
20170430-35-34 mm

ここの庚申堂には四猿がいます。
普通は「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿なんですが、それに「せざる」が加わり四猿になってますね。
多分、「せざる」が加わったのは孔子の論語が由来で日本では庚申信仰と結びついて今の様になったといわれてますね。
四猿が広まらなったのは、死に通じるという理由で広まらなかったようですね。
20170430-36-34 mm

この場所

2017.05.10    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   想い出の地碑

田原市堀切町の村社である神明社の脇にある想い出の地碑。
神明社は1640年旗本清水家の再興の時に西堀切は戻ったが、東堀切は天領のままとなり、これが契機となって村が分かれ、その後東堀切の氏神として歓請された神社と言われる。
20170430-34-24 mm

太平洋戦争での出征での送迎地がここだったようです。
愛知県内には先に紹介した送迎之地ともうひとつの思い出の碑がありますね。
20170430-33-24 mm

この場所

2017.05.09    カテゴリ: スポット寺社・教会 

   伊良湖神社

伊良湖神社です。
明治38年陸軍による大砲の試射場拡張で伊良湖村の土地は強制接収されここに移転したそうですね。
見るからに格式ある神社の様な気がします。
参道を歩き・・・・びっくり・・・・
参道を曲がった所の小屋にりあるな白馬の作り物・・・・かなり心臓に悪い・・・・
軍人さんの銅像があると聞いていたのですが・・・ない・・・・
20170430-30-24 mm

伊勢神宮の内宮に似ている気がします。
本当に格式が高い神社ではないかと思いますが、どうでしょうか?
20170430-31-46 mm

この様な格式の神社はあまり見たことがないので・・・・
ところで、給糧艦伊良湖の艦内神社って判明してないのですが、ここでしょうかね?
20170430-32-48 mm

帰りがけに神社の人がいたので聞いたのですが、職員なのでよくわからないとのこと。
ただ、軍関係の奉納品は見たことがあると言ってました。
今度、問い合わせたいとお願いして終わりましたが・・・
残念ながら神職の方は不在との事で聞くことができませんでした。

この場所

2017.05.08    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

    伊良湖防備衛所跡

伊良湖の名所、日出の石門を眺める絶好の展望台は伊良湖防備衛所の跡地にあります。
まぁ、土台しかないので、どんな建物だかわかりませんですけどね。
この場所は伊良湖防備衛所と伊良湖水道機雷封鎖監視所の両方の施設の跡地のようですね。
伊良湖に敵国船(主に潜水艦?)を監視する伊良湖水道機雷封鎖監視所だつたようですね。
20170430-28-24 mm

敷地脇にひっそりと軍施設であったことを示す碑ですね。
20170430-27-32 mm

海側のベンチ周りにも、トーチカの跡の様な跡があります。
砲台というより、観測所の跡でしょうかね。
20170430-29-24 mm

この場所

2017.05.07    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   機動艦隊戦没者慰霊碑

伊良湖の恋ヶ浜駐車場から遊歩道を150mm程歩くとある機動艦隊戦没者慰霊碑。
「君今ここに甦る」という慰霊碑文がすぐ目に入ります。
碑文に違和感を覚えますが・・・
20170430-24-24 mm

裏面にある碑文です。
「開戦劈頭のハワイ マレー沖海戦を初めとし インド洋 珊瑚海 ミッドウェイ サイパン沖 レイテ沖 ソロモン等 太平洋の海空にわたって」と「航空母艦13隻 戦艦 巡洋艦 駆逐艦 潜水艦 補給船等55隻」が結びつきませんでした。
これら戦争で失われた艦艇を計算するともっと多いはず・・・・
20170430-22-34 mm

高松宮妃喜久子殿下御歌・歌碑ですね。
以前あった星を象った石碑はなくなっていますね。
20170430-23-36 mm

この慰霊碑の由来ですかね。
この横にある「太平洋戦争激戦地の図」は、金属板に地図が書かれていたのですが、写真でうまく撮れず。。。
地図にある数字は良く読めないのですが戦没者数の様です。
硫黄島    20134
母島/父島 12362
グアム    20645
テニアン    6962
サイパン   43582
チモール   53000
沖縄      89400
ビルマ    169669
レイテ沖    90000
読めた範囲ですが、この様な数字が記されていました。
20170430-25-26 mm

慰霊碑から見える景色ですね。
20170430-26-38 mm
この碑を健立した思いが今一つたわってこない。。。
余計な思いを持った人が建立にかかわっているからかもしれませんね。

この場所

2017.05.06    カテゴリ: スポットB級スポット 

    逆さまの家

愛知・静岡に多い逆さまの家・・・・
最近も、変な恰好の建物が増殖しているようですが・・・・
関東近辺では山中湖にありますね。

なんと墓地の脇に建っている?逆さまの家。
20170430-21-.jpg

今は廃屋になっており、元は雀荘だったようですね。
移動式の建物だったんですね。。。
20170430-20-32 mm

この場所

2017.05.05    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   送迎之地

太平洋戦争時に、出征する兵士を見送った場所ですね。
当時、各村や町内には、この様な場所があり、出征する兵士達を村・町内で見送ったそうです。
愛知県は意外とこの様な史跡を建てていますね。
普通は駅や神社がこの様な場所になることが多いのです。
20170430-16-64 mm

碑から見える景色です。
どれぐらいの方が、出征後またこの景色を見ることができたのでしょうか。
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童謡「汽車ぽっぽ」が出征する兵士を送る歌だど知って、色々この様な碑を探してみました。
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この場所

2017.05.04    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   鈴谷観音

鈴谷型1番艦の鈴谷の慰霊碑がある阿弥陀堂。
阿弥陀堂の脇に鈴屋観音があります。
キスカ撤退を指揮した木村 昌福(きむら まさとみ)海軍中将も大佐時代に艦長をしていますね。
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裏面にかいてある碑文
「太平洋戦争の殆どの海戦に活躍し多くの武勲を建て、
昭和19年10月25日レイテ沖にて米空母群と砲戦の末被爆沈底後一部駆逐艦沖波に泳着
戦闘を続けたる士の其の大部は同艦被爆沈底後マニラにて米上陸軍を迎撃し全滅す。
謹んで軍艦鈴谷健児八百有余名の忠魂を弔い
その栄光を称え激闘を偲んで之を建つ」
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建立された方は、非常に少ない苗字の方ですね。
この月には1件あり、阿弥陀堂脇の家がそのようです。
阿弥陀堂越しに見える家がそうと思います。
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阿弥陀堂・鈴谷観音の全景ですね。
この阿弥陀堂には「子ども好きの観音さま」にまつわる民話あるようですね。
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この場所

2017.05.03    カテゴリ:  ツーリング 

   静岡ツーリング

ご無沙汰してます。
今回は静岡へのツーリングです。
でも、実際は愛知県~静岡県~神奈川県を回ったツーリングとなっています。
回った場所は後日、個々のスポット紹介で判明しますので、ダイジェスト版的な感じです。

なお、今回の写真は全てバカチョンで撮っています。
携帯カメラよりまし程度です。。。。
なので、画像が荒いです・・・・

愛知県の山の中にある、月です。
よく「月まで3Km」の看板で有名な月ですね。
始めてきましたが、のどかな場所です。
ここでは、全国に2つある鈴屋観音がある場所ですね。
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一応月に来たという証明的な・・・
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NHKのおんな城主直虎の菩提寺にそんな遠くない場所です。
ここは童謡「汽車ぽっぽ」がきっかけで来た場所ですね。
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伊良湖の恋ヶ浜です。
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メロンを買うかどうかで悩んだ道の駅。
高いですよね。メロン。
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浜名湖の弁天島です。
うなぎはたべていません・・・・
でも、うなぎパイは買いました・・・
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島田で見つけた痛い車。。。
よく見て、艦これの鹿島とわかった・・・
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某水上母艦の沈没場所のほぼ真北です。
この場所から7.4km(40浬)の南で太平洋戦争での軍艦の戦没第1号となって眠っている。
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移動中に見つけた富士さんスポットです。
今回初めて綺麗な富士に出会いました。
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神奈川県の神社ですね。
「餓えた狼」のニックネームで呼ばれていた重巡の艦内神社になります。
この重巡が勧請する神社は、本来はここではなく、実際は旧社になりますけどね。
今は祠が残るだけなんですが、今度行ってみたいですね。
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駆け足のダイジェスト版です。
ここの行った場所は明日よりUPする予定です。



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