2016.05.18    カテゴリ:  ツーリング 

   2016GW東北ツーリング

2016年GWツーリングの総集編ですね。

今回のツーリングはALL下道で、東京発米沢経由盛岡が1日目(約700km)。
2日目は盛岡から宮古に出て、R45号より海側の道をたどり仙台までの約560km。
3日目は仙台からR349等R4を走らないコースで帰ってきました。(約440km)

写真は全部で4000枚程撮ってますが、まだ整理は全然ですね。
1日目は雨なのでF900EXRのみ使用ですが、防水で次ではないので、雨の中使用していたらズームスイッチがしぶくなってしまいました。
2日以降はペンタックスK5Ⅱsが中心ですね。(K3Ⅱはお留守番)
GMはマウントエラーが多発して・・・・あんまり使えない状況でした。
やっぱりプラマウントのミラーレスは弱いですね。寿命2年と言うところでしょうか。
そのかわり予備で持って行ったP330が頑張ってくれました。
写り的にはP330がGMと同等の写りなので問題はないけど、動作が遅いのは、困り者ですが。

この写真は米沢近くで、雨宿り時の写真。
福島以北で意識しだしたのですが、自動販売機で「あたたかい」飲み物がない・・・・
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米沢から113号で白石に向かう所で湖があり、そこでの休息中の写真ですね。
シールドにガラコをぬりなおしたり、シールドの内側を乾いたタオルでふいたりしていました。
雨予想だったので、捨ててもいい古いタオルを切って持ってきたのですが、1日中雨となると足りませんでしたね。
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1日目の最後に行った電の慰霊碑の場所。
バイクは道端に停めたんですけど、良く考えたらロータリーに慰霊碑があったので、その前に停めればよかったと後で思います。
1日中雨で長距離走行は思考低下を招くようです。
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釜石観音の参道にある桜。
行った時は、既に葉桜になりかかっていましたね。
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東北でR45より海側では、コンビニやGSはほとんどありません。
海側の道と言っても、どうしてもR45を走らないといけない場所もあるので、その付近にあるGSでガソリンを入れないとまずいです。
特に最近のナビにあるGSマークは三陸海側では信用できない。。。。
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恋し浜駅の駅前です。
自販機も店もない場所ですね。
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歩いていたらウエイクアップ・ガールズで出てきたMCNがありました。
入る気は無かったですが・・・
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仙台でみつけた桜(多分?)。
知っている桜の花と違う感じもするのですが、知らない種類の桜でしょうね。
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今回のツーリングでGMは引退かもしれません。
ミラーレスは寿命が短い・・・・
次は多分1インチクラスのコンパクトにしようかと思います。
ミラーレスは懲りた。。。
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2016.05.17    カテゴリ: スポット宿泊 

   ホテルベルエア仙台

2016年GWで宿泊。
仙台では定宿の仙台ビジネスホテルから気分を変えてホテルベルエア仙台に泊まりました。

事前にバイクで行くとの連絡をしてましたが、堂々とバイク宿泊を拒否る様な態度・・・・
非常に教育ができていないフロントとちゃんと対応できるフロントの両端がいるホテルの様です。
若いフロントが、年配の非常識なフロントを押しのけ、その後の対応をしてもらい、チックインできました。
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室料は仙台ビジネスホテルより1000円以上安いのですが、広い室内ですね。
使い勝手も良いので、フロントを除けばいいホテルと言えます。
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バイクの宿泊はホテル隣の地下駐車場の通路脇になります。
大型バイクは無理かも・・・・・
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このホテルは、格式を気にしている様で、人を外見で判断するようです。
格式を語るには、人を磨くのが先と思えます。

教えても悪い気持ちにさせるので、「この場所」はなしです。

2016.05.16    カテゴリ: スポット宿泊 

   ホテルエース盛岡

2016年GWの宿泊先。
盛岡は3回目だけど、宿泊は初めてですね。
宿泊したのは、盛岡の繁華街に近いホテルエース盛岡。

雨の日の到着ですが、フロントの教育が行き届いていますね。
気分良く宿泊できました。

部屋は、普通のビジネスホテルのシングルルームです。
清掃は行き届いていおり、繁華街とコンビニにも近く良かったです。
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宿泊時、ホテルの裏にある駐輪場をバイク置き場として使えます。
それ程広い場所ではないので、大型でサイドバック付きだと4台程度。
トリッカーだと8台程度停められる広さですね。
当日は大型5台(内1台がサイドバック付き)とトリッカーの6台ですね。
この場所に停められないと、ホテルの前に停めるはめになるようです。
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この場所

2016.05.15    カテゴリ: スポット寺社・教会 

    バイク神社(安住神社)

2016年GWツーリングでの最後の訪問場所は、約30年振ぶりに訪れた安住神社。
多分新しい鳥居が出来た頃ですね。

以前訪れたときは、落ち着いた村社だったが・・・・・
今回訪れたら綺麗にケバケバしくなっていましたね。
これ程の違いを見せた神社は今戸神社以来ですね。

この神社は西暦899年ごろ出来たいわゆる村の鎮守様ですね。
古くからこの神社は、安住という名から「安らかなる住まいの神様」と呼ばれ、安心して暮らせるよう家をお守り下さる神様といわれます。
現在はバイク神社認定1号と言う事で有名になっているようですね。
調べても歴史的にはバイクとこの神社を結びつけるものはない・・・・
ま、神社も商売ですからね。年々効能が増えている神社も結構ありますからね。
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ここ十年で境内はリニュ-アルされたようですね。
基本的配置はあまりかわってはいないようですが。
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今ではバイクと安産が祈願のメインになっているようです。
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神社と言う空間に、なんか禍々しい場所は社務所の裏・・・・
大量の写真と黄色いてる坊・・・・?
なんだこの場所?
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神社ではヘリコプターの無料試乗をやってました。
飛行学校の勧誘をかねてやっているようですね。
バイクから飛行機にも手をひろげるのか・・・・
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ステッカーは当初無料で配布していたようですが、現在は有料ですね。
神社の方は、できれば無料配布を続けたかったようですが、大量の持ち帰る人が多くてできなくなったようです。
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お守りの昇格した幸せの黄色いてる坊(1500円)ですね。
幸せの黄色いてる坊は千葉の鴨川で生まれた「東日本大震災の被災地復興」を願い販売を開始されたアクセサリー。
ヘルメットとお守り(前掛け)がオリジナルですが、ここではお守りに昇格していますね。
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この場所

2016.05.13    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   軽巡洋艦 北上の艦内神社(鹽竈神社)

北上川です・・・・
本来は寄る予定の無かった鹽竈神社を思い立つ出来事がありまして・・・
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R398を走り女川をめざしていた所、新北上大橋が工事で通行止め・・・・
おかげでR45の橋まで片道15km程回り道です。
そして、R398に戻り女川へ行ったのです。
多分、すれ違ったバイク(多分10台以上)は同じ様に回り道をするのではと思いながら走ってました。
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 仙台で泊まり、翌朝向かったのが、鹽竈神社(しおがまじんじゃ)です。
正面に止まって、階段を登らなくてはいけないのかなぁ・・・と思案しながら、地図を見ると上に駐車場らしき場所があるので、行ってみると、駐車場でした。
階段を登らなくて良かったとひと安堵。

鹽竈神社は軽巡洋艦(重雷装巡洋艦OR高速輸送艦)の北上の艦内神社と言われています。
しかし、明確な根拠はないと言う状況。

鹽竈神社の創建の年代は詳らかではないが、、塩土老翁神がこの地に製塩を教えたことに始まると伝えられする。
塩土老翁神は、どんな神か不明な点の多い神だが、一般に海や塩の神格化と思われているようだ。
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とっても広い境内だが、朝の散歩に訪れている人がおおい。
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古くからの寺である為、趣がありますね。
海に関係の深い寺なので、結構碇が置いてあったりしますね。
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見る事はできませんでしたが、鹽竈神社博物館があります。
外には捕鯨の銛と鯨の頭の骨が展示していますね。
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この場所(駐車場入口あたり)

2016.05.12    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   女川防備隊慰霊碑

昭和20年7月10日午前零時三分から約二時間にかけて仙台空襲があった。
その時戦没した、標的艦大浜・海防艦天草・第42号駆潜艇を含む女川防備隊の慰霊碑です。
非常に荒れている慰霊碑と言えます。
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慰霊碑の回りは非常に荒れており、慰霊碑の1つは倒れたのを紐で建てている。
また、灯篭も全て倒れています。
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多分、倒れていた慰霊碑ですね。
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もう一つの慰霊碑ですね。
山田港にあった慰霊碑に書いてあって東郷丸、新東北丸、四十八号駆潜艇もこの女川で沈没したようですね。
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この場所

2016.05.11    カテゴリ: スポット観光地 

   夫婦松

今回走っていると良く見る光景に出会います。
この夫婦松の様な展望台です。
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この展望台の説明する案内板ですね。
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訪問記念に小石に名前を書いて、訪問記念としてるとありますが。多分慰霊のとなると思います。
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下に整備されつつある公園でしょう。
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この場所

2016.05.10    カテゴリ: スポット鉄道 

   恋し浜駅

三陸鉄道南リアス線の恋し浜駅です。
観光名所&パワースポットと言う事でやってきました。
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「しあわせの鐘」ですね。
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恋し浜駅のいわれが書かれているようですね。
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駅舎に立ち入る事ができないほどの「ホタテ貝の絵馬掛け」が飾ってあります。
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新たに恋し浜ポストが設置されていました。
しかし・・・・人は誰もいません・・・・
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この場所

2016.05.09    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   大愛丸慰霊碑・第四十八駆潜挺慰霊碑

釜石大観音の突端にある2隻の慰霊碑。
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大愛丸の慰霊碑は「商船が語る太平洋戦争」にて知った。
昭和20年1月22日竣工し、そしての3月10日釜石沖にて只一人の生存者もなく沈没している。
戦時徴用船としては、十分な装備もせず徴用され、その無念さが本に書かれている。
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裏面には戦没者一覧ですね。
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その反対側には第四十八駆潜挺の慰霊碑です。
1945年7月14日沖合い1300メートルで敵機の攻撃により沈没。
二十八名死亡。十四名の遺体は回収できたが、残りの遺体は、船を共にしている。
しかし、浜に遺骨が打ち上げられたと言う。
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裏面は戦没者一覧になっている。
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沈没地点の沖合いの千鳥島にも慰霊碑があるようです。
慰霊に行きにくいので、慰霊碑をこちらにも作ったと言われています。
この釜石は駆逐艦電が寄航した場所でもあります。
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この場所(慰霊碑の場所)

2016.05.08    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   第一号掃海艇・北三陸部隊所属艦慰霊碑

山田湾にそそぐ関口川の関谷橋袂にある北三陸部隊の慰霊碑。
北三陸部隊とは横須賀鎮守府第五戦隊横須賀防備戦隊所属の輸送船の護衛と沿岸警備を主任務とした部隊。
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部隊旗艦の第一掃海艇の慰霊碑。
1945年8月10日に英第37機動部隊及び米第38機動部隊艦載機による空爆にて沈没。
また、この慰霊碑の左には、この川原で荼毘にふされた北三陸部隊の隊員の拾い残された細かい遺骨を、地元の住民が、戦後に掘り起こし埋葬した場所でもある。
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裏面には戦没者氏名一覧がある。
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もう一つの慰霊碑。
第三号掃海艇・第五号掃海艇・第六号掃海艇・第二十七号掃海艇・第二十六号掃海艇・第二十九号掃海艇・第四十二号掃海艇・新東北丸・新郷丸・みさご丸・神津丸の合同慰霊碑ですね。
調べても記録の無い船もあるのですが、この山田湾で没した船なのでしょう。
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やはり、戦没者一覧のようです。
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第一掃海艇の鎮魂碑です。
当初調べた時には無かった碑ですね。
鎮魂詩は達筆すぎて私には読めません・・・・
しかし、「希望なきときは絶望せよ。」のキケルゴールの言葉も添えられている。
後半の「それは希望と同じ効果をもたらす」が無いですが・・・
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背面は第一掃海艇の略歴のようです。
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この場所

2016.05.07    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

    駆逐艦雷の足跡

2011/3/11に起きた東日本大震災。
それ以前にも昭和8(1933)年3月7日に昭和三陸沖地震が起きている。
その時、横須賀鎮守府駆逐艦第一隊野風(盛)、神風(気仙沼)、沼風(女川)、第四隊太刀風(鮫)、秋風(宮古)、帆風(久慈)、第六隊雷(山田)、電(釜石)の各隊が東北各港に行き、それ以降は釜石港を中心として救護に活躍している。
駆逐艦雷は物資を持ち、この山田港にやってきている。(各担当地域は艦名の後のカッコ内)
複数の救援物資輸送は釜石を中心に、戦艦霧島が物資を輸送し、各駆逐艦に分配し、再度各地に輸送している。
ちなみに響は霧島の物資輸送隊にいたようだ。
当時、今より陸上輸送は現代より劣っていたので、海上輸送による援助は、現地では助かったと思う。
この地へ来たのは、岩手日報のデジタルライブラリの記事を見つけたからなんですけどね。
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ここに来た雷登場。。。。
良くこんな写真みるので、やってみたかった・・・・(汗
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この記事とは関係ないけど、盛岡から山田にいたる道は1度と寒く・・・凍えた・・・
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この場所(写真を撮ったあたり)

2016.05.06    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

    駆逐艦電の慰霊碑

聖寿禅寺(聖寿寺)にある南部家墓所のロータリーの中に駆逐艦電の慰霊碑がある。
聖寿禅寺とは言うものの、寺と言うより、盛岡藩主南部家の墓所と言う色彩を強く感じるお寺ですね。
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思ったより小さい慰霊碑でした。
雨で字がはっきりみえないのですが、左側は「大日本帝国海軍 駆逐艦電乗組 諸英霊之供養」と書かれています。
三十七回忌の供養としてたてられたようです。
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慰霊碑の前にある、円形の建物。
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建物の奥にある、南部家墓所。
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この場所

2016.05.05    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

    駆逐艦曙慰霊碑(傑山寺)

白石にある傑山寺。
片倉小十郎景綱公により開かれた寺のようです。
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駐車場より右の階段を上りきり、また右へ進みます。
雨の中、探しながら歩くのはしんどい・・・・
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20m程歩くと立派な墓所が・・・・
曙砲術長・岩淵成忠少佐の碑の隣に駆逐艦曙の慰霊碑がありました。
岩淵成忠少佐之碑も碑とあるので、お骨は入ってないのでしょう。
駆逐艦曙は吹雪型18番艦で、不運の船として知られている。
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曙が沈んだのはマニラ湾。
なので、碑にある「茜さすマニラ湾頭 あゝ殉國二百十四の勇士」と記されているのでしょう。
今回の曙の慰霊碑等、個人の慰霊碑はなかなか所在がわかならいものですよね。
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四面に書かれていますが、レンズに雨粒がついてしまい、彫ってある文字がよく読めません。
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裏面は戦没者一覧のようです。
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書かれているのは慰霊の言葉のようです。
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この場所(大体の慰霊碑の場所です)

※雨でレンズに水滴が付き十分な画像ではなく、申し訳ない。

2016.05.04    カテゴリ: 写真日記艦コレ 

   工藤俊作顕彰碑(浜田広介記念館)

山形は米沢です。
正確には山形県東置賜郡高畠町にある浜田広介記念館の駐車場です。
雨降りの中、予定を変えられずに下道を走ってやってきました。
まだ、開館はしていない早朝に到着です。
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工藤俊作氏の生家あたりに作られた顕彰碑。
工藤俊作とは、英艦エクセター・エンカウンター等の乗員422名の救助した駆逐艦電の元艦長。
その時救助された英サム・フォール氏(著書「ありがとう武士道」)が自衛隊に工藤氏にお礼を言うために捜索を依頼し、
惠 隆之介 氏(「敵兵を救助せよ!」著者)が捜索にあたったが、所在が判明した時、既に工藤氏は他界していた。
サム・フォール氏は、後日、墓前に訪れている。
工藤俊作氏の墓所の記事
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工藤氏の功績が書かれているが、私は救助だけが功績ではないと思っている。
この工藤氏の行動が、後年の1998年天皇訪英時に起きていた、戦争中の捕虜虐待の賠償等の反日感情をフォール卿自身がタイムズ紙への投稿により沈黙したとの話につながったと思っている。
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裏面には、簡単な工藤俊作氏の略歴が書かれている。
しかし・・・写り込んでいる私・・・・
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浜田広介記念館の庭です。
開館まで3時間位あるので、入館は出来ない・・・
浜田広介は、山形県高畠町出身の童話作家で「日本のアンデルセン」とも呼ばれている人だそうです。
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流石に雨を避ける為、駐輪場に退避。
ここで、朝の見回り?に出てきた、館員の人に少しお話を伺えました。
「工藤俊作氏の生家あたり」と言うのは、この館員の人に聞いたお話し。
しかし・・・東北って言うのは、こんなに寒いのに自動販売機の飲み物は「つめたい」しかないのは何故・・・
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この場所


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