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2016.02.22    カテゴリ: スポット史跡・遺構 

   海軍工作学校跡

海軍工作学校は、昭和16年4月に開設され、敷地は約六万坪に及び広い。
碑の回りにある学校・団地は全て当時は工作学校だったのでしょう。
工作学校は、工作術(船匠・鍛冶・溶接・潜水作業)、ダメージコントロール、築城術・設営術、航空機整備術の技官や職工を養成を行い、卒業後は、艦船や兵器などの修理を行っていたと言う。
多分、工作艦明石の技官もここの卒業生ではないでしょうかね。
また、特修科では特攻潜水兵器「海龍」の開発も行っていたようです。
20160221_04_36 mm

この碑の台座の下には、太平洋戦争で戦死した工作学校卒業生は五千百二十五人の名簿が埋められいるそうです。
この碑の除幕式は、昭和52年5月に行われた。
20160221_05_27 mm

20160221_06_27 mm

この場所
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2016.02.21    カテゴリ: スポット寺社・教会 

   海軍工作神社

JR久里浜駅に近い久里浜八幡神社。
境内にある由緒書きによると
日本書紀が書かれた養老4年(720)当時の武人達によって創建されたと伝えられております。
 天正18年豊臣秀吉は天下統一の最後の小田原攻めにより三浦の北条氏を滅ぼし鶴岡八幡宮に祈願し、栗浜(現久里浜)八幡神社には米三石を寄進され、徳川歴代将軍もこれにならい継承し武運長久祈願に武具などを奉納し幕府の直轄地(天領)と定め米三石、社領千余坪の御朱印を賜りました。
とあります。
かなり歴史のある八幡神社のようですね。
20160221_02_27 mm

境内は綺麗に清掃されて、手入れの行き届いている神社ですね。
社務所もしっかりあり、行った時は朝の清掃をしていました。
20160221_03_27 mm

社殿脇にある海軍工作神社。
実際は昭和16年4月に設立された海軍工作学校の敷地内に設立されたようです。
碑には、「平成7年8月吉日建立 親工会会長 益子五郎 外役員一同」とあるので、平成7年に遷宮もしくは新設したものではないでしょうなね。
社は2m程の小さな社で、多分移設ではなく、新たに作った物と思います。
20160221_01_24 mm
この場所


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